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増山正利 ましやま まさとし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

増山正利 ましやま-まさとし

1623-1662 江戸時代前期の大名。
元和(げんな)9年生まれ。青木利長(としなが)の子。姉は徳川家光(いえみつ)の側室お楽の方(家綱(いえつな)の母)。寛永20年家光に拝謁,姓を母方の増山にあらためた。正保(しょうほ)4年相模(さがみ)に1万石をあたえられ,家綱につかえる。慶安4年奏者番。万治(まんじ)2年三河(愛知県)西尾藩主増山家初代となる。2万石。寛文2年7月28日死去。40歳。初名は利澄(としずみ)。通称は弁之助。弾正少弼。

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世界大百科事典内の増山正利の言及

【増山氏】より

…近世大名。下野国の出身。正利は将軍徳川家綱の生母宝樹院の弟であったことから,1647年(正保4)相模国内1万石の大名に取り立てられる。59年(万治2)三河西尾2万石に移封。ついで正弥(まさみつ)のとき,常陸下館を経て,1702年(元禄15)伊勢長島に移され,以後幕末に至る。当主は弾正少弼,対馬守,河内守などを称する。中期以降は奏者番,若年寄などの要職就任者を多く出す。維新後は子爵。【大森 映子】…

※「増山正利」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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