…近世大名。下野国の出身。正利は将軍徳川家綱の生母宝樹院の弟であったことから,1647年(正保4)相模国内1万石の大名に取り立てられる。59年(万治2)三河西尾2万石に移封。ついで正弥(まさみつ)のとき,常陸下館を経て,1702年(元禄15)伊勢長島に移され,以後幕末に至る。当主は弾正少弼,対馬守,河内守などを称する。中期以降は奏者番,若年寄などの要職就任者を多く出す。維新後は子爵。【大森 映子】…
※「増山正利」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...