…近世大名。下野国の出身。正利は将軍徳川家綱の生母宝樹院の弟であったことから,1647年(正保4)相模国内1万石の大名に取り立てられる。59年(万治2)三河西尾2万石に移封。ついで正弥(まさみつ)のとき,常陸下館を経て,1702年(元禄15)伊勢長島に移され,以後幕末に至る。当主は弾正少弼,対馬守,河内守などを称する。中期以降は奏者番,若年寄などの要職就任者を多く出す。維新後は子爵。【大森 映子】…
※「増山正利」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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