外田ヶ谷村(読み)そとたがやむら

日本歴史地名大系 「外田ヶ谷村」の解説

外田ヶ谷村
そとたがやむら

[現在地名]騎西町外田ヶ谷

内田うちた村の西にあり、見沼代用水および騎西領用水左岸に位置する。田園簿によれば田高五六石余・畑高四三五石余、川越藩領。国立史料館本元禄郷帳では幕府領と旗本四家の相給。明和七年(一七七〇)と推定されるが幕府領分が川越藩領となり、文政四年(一八二一)上知(松平藩日記)。化政期には同藩領と前記旗本四家領(風土記稿)幕末の改革組合取調書では旗本五家(前記四家を含む)の相給。検地は正保四年(一六四七)、のち元禄八年(一六九五)平岡次郎右衛門が実施した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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