多功遺跡(読み)たこういせき

日本歴史地名大系 「多功遺跡」の解説

多功遺跡
たこういせき

[現在地名]上三川町多功 天神町

川西岸の舌状台地上にあり、河内郡の郡衙跡か郡寺跡と推測される。かつては多功廃寺といわれた。当遺跡中央部の方形壇状の一段高い地に天満宮社殿があり、凝灰岩製の礎石六個が遺存する。昭和六三年(一九八八)の発掘調査で建造物跡である基壇が確認された。社殿壇状の東側には南北方向に土塁が直線状に走り、北裏には東西方向に空堀がある。西側から北部にかけて古瓦が散在し、南方にあるやや東西に長い地ぶくれの場所からは土師器・須恵器破片が散見する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む