上三川町(読み)かみのかわまち

日本歴史地名大系 「上三川町」の解説

上三川町
かみのかわまち

面積:五三・七五平方キロ

河内郡の南部、鬼怒川右岸に位置し、東は真岡(もおか)市、西は下都賀(しもつが)郡石橋(いしばし)町、南は南河内町・芳賀(はが)郡二宮(にのみや)町、北は宇都宮市。西寄りを田(た)川が南流し、その間を岡本(おかもと)・田原(たはら)台地、西端を宇都宮西台地(宝木台地)が南北に延びる。町域中央を国道新四号バイパス、西端をJR東北新幹線・東北本線が南北に並行して走る。古代の東山道は上神主(かみこうぬし)遺跡・多功(たこう)遺跡の存在などから町域内を通過していたとされる。中世には宇都宮城の出城的性格をもつ上三川城・多功城が存在し、近世初めは北部と南西部の村々は宇都宮藩領、慶長二年(一五九七)今泉氏の滅亡によって上三川城付領一万石の南東部の村々は烏山藩の飛地領となった。西端を南北に日光街道が通り、町域の村々は小金井(こがねい)宿(現下都賀郡国分寺町)、石橋宿、雀宮(すずめのみや)宿(現宇都宮市)の定助郷に組込まれており、しばしば助郷争論が発生している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「上三川町」の意味・わかりやすい解説

上三川〔町〕
かみのかわ

栃木県南部,下野平野の中部にあり,宇都宮市の南に接する町。 1893年町制。 1955年本郷 (ほんごう) ,明治 (めいじ) の2村と合体。全町域が平野で米のほか,かんぴょう,トマトの特産地。 1960年代,中心地区の上三川北方の洪積台地に大規模な工業団地が造成され,自動車製造工場が立地。国道4号線が通る。面積 54.39km2。人口 3万806(2020)。

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