大呑庄(読み)おおのみのしよう

日本歴史地名大系 「大呑庄」の解説

大呑庄
おおのみのしよう

能登半島の東側、富山湾に臨む灘浦なだうらに比定される近江延暦寺領。本家は比叡山地主神の近江日吉社で、領家職は円基・円尊・定任らの延暦寺学侶の間に相伝された。庄内伊折いおりがあった。

承久三年(一二二一)九月六日の能登国田数注文に大呑庄とみえ、公田数は三九町二段で、建久八年(一一九七)立券状を得て立庄された。暦仁元年(一二三八)一二月三日、大法師円尊(参議藤原頼定の子)は先師大僧正円基(前天台座主)遺領である日吉社九月会料「能登国大呑・堀松」などの相伝を安堵された(「四条天皇宣旨案」勝尾寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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