大和五条の変(読み)やまとごじょうのへん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大和五条の変」の意味・わかりやすい解説

大和五条の変
やまとごじょうのへん

天誅組の変ともいう。幕末の討幕軍事行動。文久3 (1863) 年8月 13日孝明天皇の大和行幸の詔勅を契機とし,元侍従中山忠光ら尊王攘夷派の急進的公家,浪士ら五百三十余人が五条代官所を襲撃,朝廷の直轄領とする宣言を行なったが,政変 (→文久三年八月十八日の政変 ) により追討を受け瓦解。忠光は長門に脱出後,暗殺された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

10月14日。明治5年(1872)10月14日、日本最初の鉄道、新橋~横浜間が開通した日にちなむ。[補説]大正11年(1922)鉄道省により鉄道記念日として制定。平成6年(1994)、運輸省(現国土交...

鉄道の日の用語解説を読む