大塚原村(読み)おおつかはらむら

日本歴史地名大系 「大塚原村」の解説

大塚原村
おおつかはらむら

[現在地名]旭市大塚原

神宮寺(じんぐうじ)村の北西にある。椿(つばき)新田の排水河川新(しん)川が集落の南東を流れる。地名は大塚原古墳に由来すると考えられる。天正一八年(一五九〇)旗本菅沼領になったと考えられ、寛永二年(一六二五)の菅沼氏宛知行宛行状では大塚原村一五九石余とある。同氏知行の代の内検により高一八〇石とされたが、寛文一〇年(一六七〇)椿海干拓に伴い幕府領となり、同一一年代官の検地で高四六〇石余が確定したという(延享二年「村明細帳」国文学研究資料館史料館蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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