日本歴史地名大系 「大塚城跡」の解説 大塚城跡おおつかじようあと 山形県:東置賜郡川西町大塚村大塚城跡[現在地名]川西町大塚米沢盆地北部の平地にある複郭式の平城。鎌倉期に大塚因幡守親行が築城したと伝え、以後代々大塚氏が居城した(伊達世臣家譜)。別に林崎(はやしざき)館もあり、林崎之図(東置賜郡史)によれば、本丸は東西七〇間余・南北八〇間余、その西に土塁と堀で区切られて東西五〇間余・南北八〇間余の二の丸があり、両者を土塁と堀が囲んでいる。天文二二年(一五五三)の晴宗公采地下賜録によれば、大塚将監が大塚下総守の名跡相続とその知行地を、「林崎たてめくり」とともに安堵されている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報