大多羅乳女神社(読み)おおたらちめじんじや

日本歴史地名大系 「大多羅乳女神社」の解説

大多羅乳女神社
おおたらちめじんじや

[現在地名]貴志川町丸栖

御茶屋御殿(おちややごてん)山の南東の行者(ぎようじや)山を背にして鎮座。祭神は伊邪那美(いざなみ)命・市杵島姫(いちきしまひめ)命。旧村社。建治三年(一二七七)三月吉日の弐川氏系図目録(野口家文書)に「大垂乳女大明神ハ大歳宮之御母也、大垂乳女大明神ハ女体、御太子之御作也、宮殿有、其外ニ日輪月輪之玉弐ツ有、就其丸栖ト書也、丸栖村家知之次第、本社大明神之御神事也、是ハ女房之座」とみえる。当社は丸栖(まるす)一村の産土神であった(続風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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