大将軍山古墳(読み)だいじようぐやまこふん

日本歴史地名大系 「大将軍山古墳」の解説

大将軍山古墳
だいじようぐやまこふん

[現在地名]上県町志多留 大将軍山

しげの西の大将軍山の南東面にある古墳時代初期の遺跡。昭和二五年(一九五〇)の八学会合同対馬調査団の考古学会の調査で発見されたもので、盗掘がなく、板石を組合せた石棺が確認された。主な出土物では鳳鏡とよばれる漢鏡一面があり、後漢時代の舶載鏡とされる。長さ八センチの鉄鏃(二個)は長三角形式といわれるもので、無茎で広鋒。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む