死者を葬るのに用いられた石製の容器,あるいは構築物をさす。厳密には遺体を直接納める石製の容器をさすべきであるが,広く石棺と呼ばれているものの中には,遺体を入れた木棺を納める〈石槨(せつかく)〉,火葬骨や改葬骨を収納する〈石製蔵骨器〉,あるいは蔵骨器を入れる〈石櫃(せきひつ)〉など,本来は呼び分けられるべきものも含まれている場合が少なくない。また,箱式石棺(シスト)のごとく,土壙内に自然の板石を組み合わせただけで,多くの場合,底石もない小構築物も石棺と称されている。一つの石を刳(く)り抜いて棺身としたものを刳抜式石棺,数個の石材を組み合わせて棺身としたものを組合せ式石棺という。1棺には1体の埋葬が基本であるが,同時に,あるいは順次追葬するかたちをとって,複数の遺体が合葬されている例もある。そのうえ石棺の安置方法も多様で,直接土中に埋める場合や,石槨や石室内に納める場合のほかに,寺院や廟所などの室内に安置する場合もある。いずれも,それぞれの社会の死生観と深くかかわる,死者の取扱方の違いからくるもので,地域や時代に応じて複雑な様相をみせている(葬制)。
箱式石棺を除く他の多くの石棺は,世界各地の文明社会において,死者を手厚く葬る厚葬の習慣の発展に伴い,盛んに用いられた。すでにエジプトでは,前3千年紀の古王国時代以来,ピラミッドの埋葬用具として,遺体を入れた木棺を納めるのに,花コウ岩や石灰岩の方形刳抜式石棺が使われている。著名な新王国時代のツタンカーメン王(前14世紀)の例では,石棺の内部には純金のミイラ形棺と二重の黄金貼り木棺が納められ,外側はさらに四重の木槨で覆われていた。一方,ギリシア・ローマ世界では,ヘレニズム時代以降,華麗な浮彫がその表面を飾る大理石製の刳抜式石棺が盛んに製作され,各地へ運ばれた。なかでもシリアのシドンの王陵より発見された,いわゆる〈アレクサンドロスの石棺〉(前4世紀)が,イオニア式神殿の屋根形の蓋と,棺身の側面に高肉彫にされた戦闘図や狩猟図で名高い。また,前3世紀以後のローマ共和政下の貴族のものとしては,スキピオ家の墓所とその石棺群が好例であろう。そのほか,ローマ周辺では,古くは,蓋に横たわる夫婦像を丸彫にしたエトルリアの石棺(前6世紀ころ),新しくは,キリスト教の普及に伴い聖書や受難に題材をとったフランスのアルルの〈使徒の石棺〉(5世紀)などがよく知られている。
西アジアでは,アケメネス朝ペルシアのダレイオス1世以下の諸王が,ペルセポリス周辺に十字形磨崖陵墓を営んでいるが,そこでは岩壁にうがたれた墓室に石棺が造り出されている。また,東南アジアから南太平洋の島々にかけて広がる巨石文化の中にも石棺が認められ,台湾やパラオ島の刳抜式石棺が,日本の家形石棺の一部に酷似していることから,学界に話題を呼んだことがある。
中国では,後漢代の刳抜式石棺群が四川省で調査され,長持形のものに混じって寄棟家形のものが出土している。南北朝時代では北魏に線刻画をもつ組合せ式石棺が知られているが,四神や人物の線刻画をもつ組合せ式のものとしては,隋代の李和墓(6世紀)の長持形の石棺,李静訓墓(7世紀)の寄棟家形の石棺,あるいは唐代の章懐太子墓(8世紀)や永泰公主墓(8世紀)などの寄棟家形の石槨が名高い。また,後の遼代には家形や箱形の刳抜式石棺があり,四神の浮彫をもつ例も認められる。ただ,朝鮮では高麗に組合せ式石棺が知られている程度である。
日本で,凝灰岩などを用いて,本格的な石棺が製作され始めるのは,古墳時代前期後半(4世紀後半ころ)からのことで,中・後期に盛行し,石室内に納められたり,直接土中に埋められたりした。横穴では棺を掘り残した造り付け石棺もみられる。形態はいずれも木棺をまねたものと考えられているが,前・中期の刳抜式石棺は割竹形石棺,舟形石棺と呼ばれ,熊本,香川,島根,福井,群馬など各地で製作された。他方,組合せ式では長持形石棺が代表で,おもに兵庫県南部に産する〈竜山石(たつやまいし)〉と呼ばれる流紋岩質凝灰岩で製作され,畿内とその周辺を中心に用いられた。いずれもほとんどが大型古墳に使われたものであるが,とくに長持形石棺は当時の大王陵をはじめとする巨大な前方後円墳に採用され,まさに〈大王の棺〉といった性格が強い。中期後半から後期には九州で組合せ式の,畿内で刳抜式と組合せ式の家形石棺が製作され始め,続いて島根,広島,岡山,滋賀,愛知,静岡等でも家形石棺が作られた。それぞれに石工の存在が予測できるが,なかでは竜山石製のものが最も優勢で,7世紀には山口から滋賀にわたって広く持ち運ばれた。九州や出雲では棺身の一部に口を開けた横口式石棺が盛行するが,畿内では7世紀に認められ,横口式石槨へと続く。この頃の畿内の例には,蓮華文など仏教文化の影響を受けたものも出現する。
なお,縄文時代後・晩期の一部の地域や,弥生時代から古墳時代にかけての各地で箱式石棺が多用された。後者は大陸からの系譜を引くもので,すでに縄文時代晩期には支石墓とともに九州の一部に出現している。また,古墳時代の組合せ式石棺で蓋が板状のものは,箱形石棺と呼んで箱式石棺と区別しているが,両者の差は相対的なものであり,前者の方が石材の加工が入念な,より大型のもので,底石のある場合が多い。
→陶棺 →木棺
執筆者:和田 晴吾
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死者を納めるための石造の容器。数個の石材を組み合わせてつくった組合せ式石棺と、棺身を一石から刳(く)り抜いてつくる刳抜き式石棺とがある。エジプトやギリシア、ローマをはじめ、世界の各地で古くから石棺が用いられた事例は多い。石製の棺という語意は、遺骸(いがい)を直接入れる容器を意味するが、内部に、さらに木製の棺などを用いて間接の容器となった場合も石棺とよばれることがある。石棺のうちでもっとも原始的な形態のものは、扁平(へんぺい)な自然石を用いて底石を欠くものであり、箱式石棺とよばれる。この種の石棺は、わが国ですでに縄文時代に一部の地域でみられ、弥生(やよい)時代には西日本で類例が増え、古墳時代にはさらに増加する。古墳時代に主要な古墳に用いられた、石材をていねいに加工した石棺は、身(み)・蓋(ふた)とも刳り抜いてつくった割竹(わりだけ)または舟形石棺、組合せの構造の長持(ながもち)形石棺、刳抜き・組合せの両者がある家形石棺に分類される。割竹または舟形石棺は、竹を2分割したような形あるいは刳り舟の形に似ていることから名づけられ、九州、中国、四国、近畿、北陸、関東などの各地に点在し、おもに前半期古墳の棺として使用された。長持形石棺は、底・蓋各一枚、長側二枚の板石で、短側石二枚を挟むように組み合わせ、蓋はかまぼこ形を示すものが多く、近畿地方を中心とした古墳時代中期の大古墳の棺である。家形石棺は、刳抜き・組合せの両者とも身は箱形で屋根形の蓋をかぶせる形につくられ、古墳時代後半期に広く各地の主要古墳で用いられた。蓋が屋根形を呈するものでも、身が箱形でなく長大な形状のものは、舟形石棺の仲間に分類されるのが普通である。
わが国で箱式石棺以外の石棺は、おもに凝灰岩または砂岩質の軟らかい石材でつくられ、それぞれの地域で産出する石材が利用されるほか、九州の阿蘇(あそ)山系の凝灰岩によるものが中国・四国の瀬戸内沿岸地域や近畿地方へ、あるいは四国の香川県産の凝灰岩によるものが岡山県や近畿地方へ運ばれたような例もある。石材産出地によって石棺の形態に差異がみられるのは、石棺づくり工人の差を表すと思われる。もっとも数多くの石棺をつくりだしたのは、大阪府と奈良県の境の二上山(にじょうさん)石材と兵庫県西部の竜山石(たつやまいし)とよばれる石材であり、前者は古墳時代後半期の家形石棺を、後者は中期の長持形石棺と終末期の家形石棺を製作した。ほかに、石棺式石室の用語があるが、これは、山陰地方の特異な横穴式石室が家形石棺と類似することによる。
[間壁忠彦]
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石で造った棺で,組合せ式と刳抜(くりぬき)式がある。日本では縄文時代に組合せ式のものがあり,弥生時代には九州北部を中心に組合せ式箱式石棺が多く用いられた。古墳時代に入ると,弥生時代以来の箱式石棺をはじめ,割竹形石棺・舟形石棺・長持形石棺・家形石棺などが造られた。家形石棺の身の前面または側面に横口をもつものを横口式石棺とよぶ。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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…死者を葬るのに用いられた石製の容器,あるいは構築物をさす。厳密には遺体を直接納める石製の容器をさすべきであるが,広く石棺と呼ばれているものの中には,遺体を入れた木棺を納める〈石槨(せつかく)〉,火葬骨や改葬骨を収納する〈石製蔵骨器〉,あるいは蔵骨器を入れる〈石櫃(せきひつ)〉など,本来は呼び分けられるべきものも含まれている場合が少なくない。また,箱式石棺(シスト)のごとく,土壙内に自然の板石を組み合わせただけで,多くの場合,底石もない小構築物も石棺と称されている。…
…原則的には直接遺骸を入れるものを指し,火葬や洗骨後の骨を納める蔵骨器と区別する。材質により,木棺,夾紵(きようちよ)棺,石棺,陶棺などに,また形状によって,割竹形,舟形,家形,長持形などに分けられる。石棺と木棺が普遍的であり,これらはさらに組合せ式と刳抜(くりぬき)式に区別できる。…
※「石棺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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