大志戸村(読み)おおしとむら

日本歴史地名大系 「大志戸村」の解説

大志戸村
おおしとむら

[現在地名]新治村大志戸

筑波山系の南麓にあり、村の南端あまの川が流れる。中世やま庄に属したといわれる。元禄一二年(一六九九)土浦藩領となり(土浦市史)、「県方集覧」(酒井泉氏蔵)によれば、寛文七年(一六六七)検地が行われ、元禄郷帳の村高は四六二石余。「新編常陸国誌」によれば、みなみきたくら香取かとり遠東とおひがしの五坪に分れていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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