大抜屯倉(読み)おおぬきのみやけ

日本歴史地名大系 「大抜屯倉」の解説

大抜屯倉
おおぬきのみやけ

豊国の屯倉。「日本書紀」安閑天皇二年五月九日条に大抜屯倉とみえる。また同書宣化天皇元年五月一日条には、筑紫・肥・豊の三ヵ国の屯倉の稲穀をいわゆる那津なのつ官家(現福岡市)に移し集めたとあり、当屯倉も稲穀を拠出したことがうかがえる。比定地は、中世ぬき庄とみえる企救きく郡貫(現小倉南区貫)の地とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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