筑紫(読み)つくし

精選版 日本国語大辞典 「筑紫」の意味・読み・例文・類語

つくし【筑紫】

古く、九州地方の称。九州地方全体を指す場合、九州の北半、肥の国・豊国を合わせた地方を指す場合、筑前筑後を指す場合、筑前国、もしくは大宰府を指す場合などがある。つくのくに。ちくし。
万葉(8C後)五・八六六「遙遙(はろばろ)に思ほゆるかも白雲の千重に隔てる都久紫(ツクシ)の国は」
[補注]「釈日本紀」所収の筑後国風土記逸文には、筑紫国号に関し、(イ)筑前・筑後の境にある山の急な坂を鞍韉(したくら)尽しの坂といったところから、(ロ)その山に住むあらぶる神を命尽の神といったところから、(ハ)その山における死者を葬る棺のために「山の木尽さむ」としたところから、とツクシ(尽)の義からとする語源説話をあげている。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「筑紫」の意味・読み・例文・類語

つくし【筑紫】

古く、九州地方の称。また、特に筑前筑後にあたる九州北部の称。さらに、大宰府をさすこともある。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「筑紫」の意味・わかりやすい解説

筑紫 (つくし)

古代九州の総称。また《古事記》が九州を筑紫,豊(とよ),肥(ひ),熊曾(襲)(くまそ)の4国に分けたように,後の筑前国筑後国(現,福岡県)を中心とする北九州を指す場合もある。大陸への門戸に位置し,古くから開けていた。内外の史書などでは竹斯,竺志などとも記されているので,〈ちくし〉とよんだとも言われるが,《万葉集》では都久志(之)と記されている。その名の由来は明らかでなく,《釈日本紀》は先儒の説として4説を紹介しているが,いずれも付会のきらいを免れない。福岡県筑紫野市原田(はるだ)には延喜式内社の筑紫神社が鎮座し,隣接して大字筑紫が見られるように,もともと筑紫はこの付近の地名であったが,後には北九州一帯に拡大され,さらに北九州が九州支配の中心地となったことから九州全体をも指すようになったのであろう。律令制の成立とともに筑紫国は前後に分割され,やがて筑前,筑後両国となったが,筑紫は九州,西海道の俗称として残った。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「筑紫」の意味・わかりやすい解説

筑紫【つくし】

九州の古称で,記紀に竺志,《万葉集》に都久志(之)の表記があり,大宰府のある筑紫郡の小地名が,のちの筑前(ちくぜん)・筑後(ちくご)2国を含む北九州一帯,さらに九州全体にあてられたとみられる。
→関連項目朝鮮式山城

筑紫【ちくし】

筑紫(つくし)

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「筑紫」の意味・わかりやすい解説

筑紫
つくし

福岡県のほぼ全域をさす古称。さらに古くは九州全体を称した。大宝1 (701) 年西海道の設置により筑前,筑後の2国に分割。地名の由来は,陸地の尽きるところのあて字で,日本の西端の意味など,数説ある。筑紫山地,筑紫平野,筑紫潟 (つくしがた。有明海) などの呼び名がある。国府は大宰府におかれた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の筑紫の言及

【筑紫】より

…古代九州の総称。また《古事記》が九州を筑紫,豊(とよ),肥(ひ),熊曾(襲)(くまそ)の4国に分けたように,後の筑前国筑後国(現,福岡県)を中心とする北九州を指す場合もある。大陸への門戸に位置し,古くから開けていた。…

※「筑紫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

黄砂

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android