大服部村(読み)おおはつとりむら

日本歴史地名大系 「大服部村」の解説

大服部村
おおはつとりむら

[現在地名]遊佐町庄泉しよういずみ

大井だい村の西にあり、西は小服部こはつとり村。「大泉庄三権現縁記」永正三年(一五〇六)の記事に、「服部」は「砂越城主武藤万歳丸殿御分地」とある。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高三六二石余。寛永元年庄内高辻帳では高四四七石余。享和三年(一八〇三)には家数二八・人数一三一(「村数家数人高控帳」斎藤文書)庄内要覧によれば免六ツ三分七厘、家数二八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む