大村新田(読み)おおむらしんでん

日本歴史地名大系 「大村新田」の解説

大村新田
おおむらしんでん

[現在地名]焼津市栄町さかえまち一丁目・同六丁目・大栄町だいえいちよう一―二丁目・駅北えききた二丁目・大村新田

大村の南に位置し、瀬戸せと川の下流右岸に立地する。益津ましづ郡に属する。領主変遷は大村と同じ。寛永一九年(一六四二)の田中領郷村高帳では大村に含まれる。慶安二年(一六四九)の駿河国高付(志太郡誌)に村名がみえ、同年までに分村したと考えられるが、寛文四年(一六六四)の西尾忠成領知目録(寛文朱印留)には村名はみえず、大村に含まれたと思われる。「志太郡誌」によると、年次は不詳であるが、家数七軒になったとき大村から分村したという。慶安二年の高付では田方三四二石余・畑方二九石余。元禄郷帳では高四一五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む