大正寺郷(読み)だいしようじごう

日本歴史地名大系 「大正寺郷」の解説

大正寺郷
だいしようじごう

[現在地名]雄和町

近世初期には雄物川左岸の繋(つなぎ)村・新波(あらわ)村・神(じんが)村・碇田(いかりだ)村・萱沢(かやがさわ)村を含む総称であるが、その後大正寺通となり、範囲も広がった。慶長一七年(一六一二)の由利郡中慶長年中比見出検地帳(由利郡中世史考)に次のように記される。

<資料は省略されています>

また、最上氏時代には楯岡豊前守の家臣大泉讃岐守の支配下にあり、次の法度(菅野俊隆氏蔵)が出されている。

<資料は省略されています>

元和九年(一六二三)亀田藩が成立、領内を四扱(郷)に区分するに及び、従来の大正寺郷の村々に亀田(かめだ)町(現由利郡岩城町)東部の村と、仙北(せんぼく)郡内亀田領の村とを加え、新しく大正寺通(大正寺郷ともいう)が設定され、江原田(えばらだ)・円行寺(えんぎようじ)(現仙北郡西仙北町)、中野又(なかのまた)(現由利郡大内町)、萱沢・碇田・神村・新波・繋・向野(むかえの)(現雄和町)、福之又(ふくのまた)・滝之又(たきのまた)・泉田(いずみだ)・富田(とみた)・下黒川(しもくろかわ)・下蛇田(しもへびた)(現由利郡岩城町)、木売沢(きうりざわ)・正手沢(しようてざわ)(現仙北郡西仙北町)の一七ヵ村が属した(「御領中村名帳及肝煎名」下川大内村誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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