大河城跡(読み)おおかわじようあと

日本歴史地名大系 「大河城跡」の解説

大河城跡
おおかわじようあと

[現在地名]瑞穂町西郷 大河名

中世の城館の跡。打越うちこし石垣などを遺構とし、大河氏が在城したと伝える。嘉暦三年(一三二八)大河孫三郎入道幸蓮(幸継)が構えた「城」を破却するように、鎮西探題が矢俣弥藤太・大膳弥太郎に命じており(同年一二月一六日「鎮西御教書案」大川文書)、当城に関連するものとして注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む