大瀬子町(読み)おおせこまち

日本歴史地名大系 「大瀬子町」の解説

大瀬子町
おおせこまち

[現在地名]熱田区大瀬子町・須賀すが

熱田神宮の東南に位置する。東の神戸ごうど町境から西の須賀すが町境まで五五間半、そこから南へ三二間半を大瀬子表おおせこおもて町、さらに南へ一〇二間が大瀬子浦であった(徇行記)。寛永一〇年(一六三三)より承応三年(一六五四)までの間に町家ができ、高倉森たかくらのもりの南(現夜寒町か)からここに移住したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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