大町浜(読み)おおちようはま

日本歴史地名大系 「大町浜」の解説

大町浜
おおちようはま

[現在地名]堺市おお西にし二―三丁

大町中浜なかはまの西から海岸にかけての町。元禄二年(一六八九)堺大絵図によると街区割は北の甲斐町浜かいのちようはまと同じ。七九筆の宅地からなるが、大部分は掛屋敷となっている。町会所は大浜筋西頬中央部にあり、大浜筋の一筋西に不動ふどう院がある。この街区の西に一五×三〇間の藤井道庵掛屋敷と三〇間四方の大和屋利左衛門掛屋敷が加筆されている。さらにその西には寛保二年(一七四二)四月に漁獲物水揚げの便のため払下げられた旨の貼紙のある屋敷地も描かれ、海岸線が西方へと埋立てられていったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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