大留城跡(読み)おおどめじようあと

日本歴史地名大系 「大留城跡」の解説

大留城跡
おおどめじようあと

[現在地名]春日井市大留町

子安こやす神明社の境内石垣を隔てて東隣庄内川に臨む地。天文一五年(一五四六)将軍足利義輝の配下村瀬氏の築城大石を十数メートルの高さに積上げ、その上に城を築き、東・南二方面は庄内川に臨み、小城だが堅固であった(高蔵寺町誌)。「寛文覚書」に「古城跡壱ケ所 先年村瀬作右衛門居城之由、今ハ藪、畑ニ成ル」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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