大留城跡(読み)おおどめじようあと

日本歴史地名大系 「大留城跡」の解説

大留城跡
おおどめじようあと

[現在地名]春日井市大留町

子安こやす神明社の境内石垣を隔てて東隣庄内川に臨む地。天文一五年(一五四六)将軍足利義輝の配下村瀬氏の築城大石を十数メートルの高さに積上げ、その上に城を築き、東・南二方面は庄内川に臨み、小城だが堅固であった(高蔵寺町誌)。「寛文覚書」に「古城跡壱ケ所 先年村瀬作右衛門居城之由、今ハ藪、畑ニ成ル」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む