大聖寺山城跡(読み)だいしようじやまじようあと

日本歴史地名大系 「大聖寺山城跡」の解説

大聖寺山城跡
だいしようじやまじようあと

[現在地名]上郡町船坂

標高二五四メートルの大聖寺山の山頂にある中世の山城跡。安室やすむろ城ともよばれる。麓に安室川を挟んで安室氏の居館跡とみられている船坂土井ふなさかどいうち遺跡がある。「赤松播備作城記」では応永年間(一三九四―一四二八)に赤松満貞が築城したとする。「播磨鑑」では安室五郎義長が城主であったとする。安室氏が戦国時代に在城したことは確実と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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