大肥庄(読み)おおひのしよう

日本歴史地名大系 「大肥庄」の解説

大肥庄
おおひのしよう

現日田市小野おの鶴河内つるがわち・大肥・夜明よあけ一帯、筑後川支流の鶴河内川・大肥川流域に比定される太宰府天満宮安楽寺領。「天満宮安楽寺草創日記」によると、長元五年(一〇三二)の安楽寺喜多きた院建立の際、寄進されたという。豊後国弘安図田帳に「大肥荘六十町」とあり、領家は安楽寺別当御房(義慶か)地頭は上野国御家人大鷹四郎頼胤跡で、当知行は不分明であるとしている。大鷹頼胤を清和源氏多田満仲五世陽明院判官代頼風五代大鷹二郎蔵人盛仲の一党かとするが(図田帳考証)未詳

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む