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大西定林 おおにし じょうりん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大西定林 おおにし-じょうりん

?-1727 江戸時代中期の釜師。
父浄清とともに江戸におもむき,江戸大西家をおこした。茶人山田宗徧(そうへん)好みの四方(よほう)釜,雲竜釜などを製作。絹肌にちかい,こまかい仕上げの絵文様の釜がおおい。釜のほか芝増上寺に正徳(しょうとく)2年銘の銅灯籠(とうろう)がある。享保(きょうほう)12年死去。名は延貞。通称は五郎左衛門。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大西定林

没年:享保12(1727)
生年:生年不詳
江戸中期の釜師。通称は五郎左衛門,名は延貞。江戸大西家の祖。京都大西家の2代目五郎左衛門村長(浄清の子。寛永年中(1624~44),古田織部に従い父と共に江戸に下向し,定林は江戸に留まり,江戸大西家を興した。宝永(1704~11)から宝暦(1751~64)の間の『武鑑』には御釜師として「鑓屋町五郎左衛門」とみえ,幕府御用釜師であった。東京国立博物館蔵の井桁釜,からげ釜など変わった形の釜を作ったという。釜以外では正徳2(1712)年の増上寺6代将軍文昭院(徳川家宣)霊廟前の銅灯籠7基,芝泉岳寺の享保4(1719)年銘梵鐘などがある。<参考文献>香取秀真『新撰茶之湯釜図録』,同『江戸鋳師名譜』

(原田一敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の大西定林の言及

【大西浄清】より

…江戸初期の釜師。大西家の2世で,初世浄林の弟(一説に親族関係)。通称五郎左衛門。大西家一番の上手とされる。釜師名越三昌(一説にその弟家昌)に釜作を学び,茶匠古田織部,小堀遠州などの愛顧を受けた。作風は薄作りを得意とし,多く砂肌。羽落(はおち)は少なく,毛切(けきり)が多い。普通,鐶付(かんつき)には肌を入れないが,浄清は鐶付にも入念に肌を入れ,総体にきれいな釜作をした。茶の湯釜のほかに日光大猷院前銅灯台,品川東海寺の梵鐘なども手がけている。…

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