20世紀日本人名事典 「大谷智子」の解説 大谷 智子オオタニ サトコ 明治〜平成期の女性 全日本仏教婦人連盟会長;光華女子学園創立者。 生年明治39(1906)年9月1日 没年平成1(1989)年11月15日 出生地東京 学歴〔年〕京都府立第一高女〔大正13年〕卒 主な受賞名〔年〕勲二等宝冠章 経歴大正13年真宗大谷派の大谷光暢と結婚。昭和14年光華女子学園を創立し、総裁となる。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大谷智子」の解説 大谷智子 おおたに-さとこ 1906-1989 昭和時代,大谷光暢(こうちょう)の妻。明治39年9月1日生まれ。久邇宮邦彦王(くにのみや-くによしおう)の3女。香淳皇后の妹。大正13年大谷光暢(のち東本願寺法主(ほっす),門首)と結婚。大谷婦人会,全日本仏教婦人連盟会長のほか光華女子学園総裁をつとめ大学経営にあたる。合唱団「大谷楽苑」をつくった。平成元年11月15日死去。83歳。京都府立第一高女卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例