大輪須村(読み)おおわすむら

日本歴史地名大系 「大輪須村」の解説

大輪須村
おおわすむら

[現在地名]那須町大和須おおわす

八溝やみぞ山塊北西部の狭い谷の入口に位置し、南西端を三蔵さんぞう川が南流する。北は中梓なかあずさ村・吉野目よしのめ村、北東部は棚橋たなばし村、南部は伊王野いおうの村。天正一八年(一五九〇)大関氏が豊臣秀吉から安堵された所領のうちに大輪須があり、蓑沢みのざわ・東小滝とともに高四七三石余(「黒羽藩領知高書上」宇都宮大学附属図書館蔵)。慶安郷帳では「大和須」とみえ田高六三石・畑高二七石。「創垂可継」封域郷村誌巻一によれば枝村として堀之内ほりのうち中輪沢なかわざわ蒔戸まきどがあげられ、同巻二では田方七町九反余・畑方一三町七反余、家数二〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む