大野寺村(読み)おおのじむら

日本歴史地名大系 「大野寺村」の解説

大野寺村
おおのじむら

[現在地名]御坂町大野寺

御坂山麓の緩斜面から川・あさ川の複合扇状地の漸進地帯に位置し、北は尾山おやま村。地名当地の大野寺(大野山福光園寺)に由来するという(甲斐国志)。天正一〇年(一五八二)八月二〇日の徳川家印判状写(譜牒余録)に「大野寺」とみえ、地内一貫二〇〇文が山下内記に安堵された。同一一年五月一三日には二宮神領として地内四〇〇文が安堵されている(「徳川家奉行連署神領証文」八代謹蔵氏所蔵文書)。同一七年の検地では大野寺郷内七三俵四升が大野寺領とされた(同年一二月七日伊奈忠次寺領証文写「巨摩郡古文書」若尾資料)

慶長古高帳に大野寺とみえ高二五八石、幕府領

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む