大陸軍 (たいりくぐん)
Continental Army
アメリカ独立戦争に際し組織された正規軍。1775年4月ボストン近郊でイギリス本国軍と武力衝突に入ったアメリカ各植民地は,軍事組織としては民兵しかもたなかった。長期かつ広範囲の戦争で,強大な本国正規軍に対抗するために,同年6月大陸会議は,各植民地の枠をこえた戦時中の正規軍として大陸軍を組織することになり,G.ワシントンをその総司令官に任命した。まずボストン近くの民兵を再編制することで大陸軍は発足したが,各植民地からも募集され,76年9月には88大隊6万人,同12月には110大隊7万5000人の組織に拡大されることになった。しかし現実には,実員はその半分以下にとどまり,独立戦争は,大陸軍と各植民地の民兵組織との協力によって遂行された。戦争終了とともに,約100名を残して大陸軍は解散する。大陸軍は正規軍ではあるが,その構成員はヨーロッパの正規軍と異なり,一般市民であった。フランス革命後再編されたフランスの国民軍の原型ともいえる。また,各州をこえた組織として,アメリカ国民としての一体感を育成することにもなった。
執筆者:斎藤 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の大陸軍の言及
【アメリカ合衆国】より
…ここに健康な身体をもった男子はすべて地域社会防衛の責めを負うものと考えられ,各植民地で民兵制度が採用された。独立戦争に際しては,アメリカ全土で作戦しうる[大陸軍]が戦時中の正規軍として編制されたが,独立達成後1783年には大陸軍は解散した。こうした防衛観は1776年のバージニア権利の章典の〈民兵こそ自由な国家にふさわしい防衛である。…
【アメリカ独立革命】より
…すなわち,この報に接した本国政府はボストン港の封鎖をはじめとする制裁的な諸法を制定,駐米イギリス軍司令官のT.ゲージ将軍をマサチューセッツの総督に任命,強行措置に出ることを明らかにし,他方植民地側も74年9月フィラデルフィアに各植民地の代表よりなる大陸会議を開き,植民地間の団結した反英抗争を展開することを決議する。その間和解の方途も求められたが,本国,植民地側とも強硬派がしだいに支配的になり,ついに75年4月にはボストン近郊で,イギリス正規軍と植民地民兵とが衝突(コンコード,レキシントンの戦),のちの独立戦争の勃発となり,大陸会議はジョージ・ワシントンを植民地軍の総司令官に任命,各植民地兵と別に全アメリカを通じての正規軍として大陸軍を編成した。
[憲法論争]
植民地側はこの反英抗争をイギリス憲法論により正当化しようとしたが,そこにアメリカ革命の〈保守〉的姿勢がみられるとともに,そこで展開される論点が後の諸邦憲法,合衆国憲法によって制度化されるという点で注目に値する。…
【ストイベン】より
…アメリカ独立戦争において[大陸軍]の将校として活躍した軍人。元来はプロイセン軍の将校で参謀本部などに勤務した。…
※「大陸軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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