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大陸会議 たいりくかいぎContinental Congress

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大陸会議
たいりくかいぎ
Continental Congress

アメリカ独立戦争における十三植民地の中央組織。第1回会議は,1774年イギリス本国議会が成立させた「耐えがたい諸法(懲罰諸法)」に対処するため,同 1774年9月5日からフィラデルフィアジョージアを除く 12植民地の代表によって開かれた。この会議は本国の圧政から植民地の権利と自由を守るための決議,大陸不買同盟の結成などをして 10月26日解散。第2回会議は,1775年5月10日から 13邦の代表が参集して開かれ,本国との和解を希望しながらも,ジョージ・ワシントンを植民地軍の総司令官に任命,翌 1776年春には独立に踏み切り,7月2日にアメリカ独立宣言を採択,4日正式に公布。1777年11月アメリカ合衆国初の憲法ともいうべき「連合規約」を承認した。1781年メリーランドの批准により正式に「連合規約」が成立したのちも,大陸会議は連合会議とも呼ばれて存続し,1788年アメリカ合衆国憲法が発効されたのち,1789年に消滅した。

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デジタル大辞泉の解説

たいりく‐かいぎ〔‐クワイギ〕【大陸会議】

アメリカ独立革命のとき、北米13植民地の代表が集まりイギリス本国に対抗するため開いた会議。第1回は1774年、第2回は1775年に開かれ、ワシントンを総司令官に任命し、1776年には独立宣言を発表した。

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百科事典マイペディアの解説

大陸会議【たいりくかいぎ】

アメリカ独立に際し,13植民地が共同で英国に抵抗するため組織した合議体。第1回会議は1774年フィラデルフィア。第2回会議は独立戦争勃発(ぼっぱつ)直後の1775年開かれ,独立戦争遂行の中央機関となる。
→関連項目アダムズアメリカ独立宣言ジェファソン

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世界大百科事典 第2版の解説

たいりくかいぎ【大陸会議 Continental Congress】

アメリカ独立革命における植民地間の中央組織。ボストン茶会事件後,イギリス政府に抵抗する連絡機関として1774年9月,フィラデルフィアに第1回大陸会議が招集され,本国政府に抗議する決議およびイギリス製品のボイコットを中心とする同盟Association形成の決議が採択された。翌75年5月第2回大陸会議が開かれ,すでに武力抗争の段階に入っていたので,ジョージ・ワシントンを植民地軍の総司令官に任命し,大陸会議は戦争遂行の中央機関となる。

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大辞林 第三版の解説

たいりくかいぎ【大陸会議】

1774年一三州代表により創設されたアメリカ独立のための最高機関。独立革命を指導し、76年独立宣言を公布。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大陸会議
たいりくかいぎ
Continental Congress

アメリカ植民地の代表者会議。1774年、反英運動を進めるアメリカ植民地間の連絡協議機関として発足したが、独立戦争の開始に伴い、アメリカ最初の中央政府としての役割を果たした。第1回大陸会議は、「懲罰諸法」に対抗して74年9月、ジョージアを除く12植民地の代表によってフィラデルフィアで開催され、反英運動の方針を決めた。翌年5月に再開された第2回大陸会議は、ワシントンをアメリカ軍総司令官に任命し、以後革命政府として独立戦争の遂行にあたった。81年「連合規約」を基本法として制定し、その規約のもとで各邦議会が任命した代表によって構成される連合会議(規約成立後はこうよばれる)が中央政府としての役割を果たすことになり、連邦憲法の発効に至るまでこの「連合の時代」が続いた。[島川雅史]
『富田虎男著『アメリカ独立革命』(清水博編『アメリカ史』新版・所収・1969・山川出版社)』

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世界大百科事典内の大陸会議の言及

【アメリカ独立革命】より

ボストン茶会事件と呼ばれるこの事件は,本国と植民地間の対立を抜き差しならないものにしてゆく。すなわち,この報に接した本国政府はボストン港の封鎖をはじめとする制裁的な諸法を制定,駐米イギリス軍司令官のT.ゲージ将軍をマサチューセッツの総督に任命,強行措置に出ることを明らかにし,他方植民地側も74年9月フィラデルフィアに各植民地の代表よりなる大陸会議を開き,植民地間の団結した反英抗争を展開することを決議する。その間和解の方途も求められたが,本国,植民地側とも強硬派がしだいに支配的になり,ついに75年4月にはボストン近郊で,イギリス正規軍と植民地民兵とが衝突(コンコード,レキシントンの戦),のちの独立戦争の勃発となり,大陸会議はジョージ・ワシントンを植民地軍の総司令官に任命,各植民地兵と別に全アメリカを通じての正規軍として大陸軍を編成した。…

※「大陸会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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