天台村(読み)てんだいむら

日本歴史地名大系 「天台村」の解説

天台村
てんだいむら

[現在地名]舞鶴市字天台・昭和台(しようわだい)

佐武(さぶ)嶽連山を背にし、伊佐津(いさづ)川の支流天清(てんせい)川流域の谷奥に立地。伝承では旧名を五十里(いかり)村といい(旧語集)、古代この谷まで海が入り込み船が碇を下ろしたのでこの名があったという。

慶長検地郷村帳では高一〇六・五八石「天台村」とあり、土目録でも高は変化せず、内訳は田方九〇石余、畑方一六石余で、運上のなかに渋柿一斗、青梅一斗があった。延享三年(一七四六)の郡中高究付覚によれば農家戸数は一七。

集落の西北の丘に天台古墳がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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