天王田村
てんのうでんむら
[現在地名]城東区天王田・永田二丁目・鴫野東三丁目・東中浜一―九丁目
鴫野村の南東にある。大和川左岸の村であったが、宝永元年(一七〇四)の付替えで川は細流となり、川床に新喜多新田が開発された。集落は堤防沿いに位置。かつては剣先船の着船場があった(城東区史)。中世は四天王寺(現天王寺区)領新開庄(現東成区)に含まれたと考えられ、寛文七年(一六六七)までは本庄村(現東成区)に属した。用明天皇を祀る鵲森宮(現東区)の神田であったと伝え、かつては「天皇田」と表記したという(大阪府全志)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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