天面村(読み)あまつらむら

日本歴史地名大系 「天面村」の解説

天面村
あまつらむら

[現在地名]鴨川市天面

浜波太はまなぶと村の南西にある海沿いの村。長狭ながさ郡の南端に位置し、伊南房州通いなんぼうしゆうどおり往還が村内を通る。南は朝夷あさい太夫崎たゆうざき村。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録に天津良村とみえ、高一六八石余(うち田方九四石余)、里見氏給人領。正保郷帳では高一七五石余、うち田方九九石余・畑方七六石余、常陸玉取藩領。寛文四年(一六六四)の同藩主堀通周宛の領知目録(寛文朱印留)にも村名がみえる。延宝七年(一六七九)同藩領は収公され、幕府領になる(元文村高帳など)。元禄郷帳では高二一二石余。宝暦元年(一七五一)大岡忠光領となり、同六年からは武蔵岩槻藩大岡氏領となる。延享元年(一七四四)の村明細帳(天面区有文書)によると、高二〇〇石余・反別二〇町五反余(田方九町余・畑方一一町五反余)で、年貢米前原まえばら浦から津出しをしていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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