太平公主(読み)たいへいこうしゅ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「太平公主」の意味・わかりやすい解説

太平公主
たいへいこうしゅ
(?―713)

中国、唐第3代皇帝高宗の末女。知謀に富み、生母則天武后(そくてんぶこう)に寵愛(ちょうあい)された。初め薛紹(せっしょう)に嫁し、その死後、武后の伯父士譲の孫の攸曁(ゆうき)に嫁した。武后の末年には寵臣の張氏兄弟を倒す策謀に加わり、以後、第4代皇帝中宗の皇后韋后(いこう)も彼女には一目おいた。710年韋后・安楽公主母娘が中宗を毒殺するや、安楽公主と対立する彼女は李隆基(りりゅうき)(後の玄宗(げんそう))と謀って2人を倒し、睿宗(えいそう)をたてた。その後権勢を振るったが、しだいに玄宗と対立し、玄宗即位後にその一派とともに殺された。

[金子修一]

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