太田澄元(読み)おおた ちょうげん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「太田澄元」の解説

太田澄元 おおた-ちょうげん

1721-1795 江戸時代中期の本草家。
享保(きょうほう)6年生まれ。岩永玄浩(げんこう)の子。父にまなぶ。のちに幕府奥医師多紀氏の医学館,躋寿(せいじゅ)館でおしえた。「神農本経紀聞」はその講義の筆記録である。寛政7年10月12日死去。75歳。江戸出身。字(あざな)は子通。号は大洲,崇広堂。著作ほかに「本草綱目示蒙」「救荒本草臆断」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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