太田資始(読み)おおた すけもと

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「太田資始」の解説

太田資始 おおた-すけもと

1799-1867 江戸時代後期の大名
寛政11年7月28日生まれ。近江(おうみ)宮川藩主堀田正穀(まさざね)の3男。太田資言(すけとき)の養子。文化7年遠江(とおとうみ)(静岡県)掛川藩主太田家5代。寺社奉行,京都所司代などをへて,天保(てんぽう)8年老中となるが,水野忠邦の天保の改革方針に反対して辞任。安政5年再任され外国事務主管となるが,井伊直弼(なおすけ)と対立して辞任。文久3年みたび就任した。慶応3年5月12日死去。69歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「太田資始」の解説

太田資始 (おおたすけもと)

生年月日:1799年7月28日
江戸時代末期の大名;老中
1867年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む