京都所司代(読み)きょうとしょしだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

京都所司代
きょうとしょしだい

京都の市政を行うため安土桃山,江戸時代におかれた職名室町時代の侍所所司代に由来する。織田信長が上洛したときは村井貞勝を,豊臣秀吉が政権をとってからは前田玄以を任じ,関ヶ原の戦い後は徳川家康奥平信昌を任じた。慶長6 (1601) 年板倉勝重元和6 (20) 年その子重宗が継いだが,板倉父子の活躍で京都の治安が確立した。所司代の職務は,京都の護衛,朝廷公家監察京都町奉行奈良奉行伏見奉行の管理,近畿8ヵ国の天領の訴訟の処理,西国大名の監察など。定員1名,譜代大名から任じられた。

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大辞林 第三版の解説

きょうとしょしだい【京都所司代】

江戸幕府の職名。京都に駐在し、京都の警備、朝廷・公家くげの監察、京都・伏見・奈良の町奉行の管理、近畿全域の訴訟の裁決、西国大名の監察などにあたった。1600年創設、1867年廃止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

京都所司代
きょうとしょしだい

江戸幕府の職名。1603年(慶長8)江戸に幕府が開かれたことにより、西日本支配のための権能を与えられて成立した。定員1名。3万石以上の譜代(ふだい)大名から任命、役料1万石が給され、与力30騎(のち50騎)、同心100人が付属した。京都の制圧、朝廷や公家(くげ)の監察、西日本諸大名の監視のほか、五畿内(きない)および近江(おうみ)、丹波(たんば)、播磨(はりま)の8か国の民政を総括した。板倉勝重(かつしげ)、その子重宗(しげむね)、牧野親成(ちかしげ)の3代の在職は65年にも及び、京都市中はもとより畿内近国における幕政の定着を大きく前進させた。とくに初期には、徳川家康、秀忠(ひでただ)、家光(いえみつ)の歴代将軍がたびたび上洛(じょうらく)し、所司代体制と将軍上洛の不可分の関係がみられた。幕府支配一元化の方向がみえた1668年(寛文8)、京都支配など民政上の権限を京都町奉行(ぶぎょう)に譲った。以後は老中への出世コース的な役職となり、地位のみ高く幕政上の政治力は急激に低下した。このため、幕末には所司代の無力さが指摘され、京都守護職がその上位機関として設置された。[鎌田道隆]

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精選版 日本国語大辞典の解説

きょうと‐しょしだい キャウト‥【京都所司代】

〘名〙 江戸幕府の京都常駐の地方官。定員一名。所司代とも。名称は室町幕府の侍所所司代に由来。京都を警備し、京都の諸役人(禁裏付役人、京都町奉行、城代、城番等)を統率し、伏見奉行、奈良奉行等に指令する地方官としてのみならず、幕府を代表して朝廷と折衝する外交官的任務をも与えられた。また、皇室、公卿ならびに西国諸大名を監視する重職として、その班位は老中についだ。京職。〔明良帯録(1814)〕

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世界大百科事典内の京都所司代の言及

【所司】より

…所司の下には代官である所司代,小所司代などが組織された。(5)安土桃山~江戸時代の京都所司代。禁中および京都の警衛,朝廷との折衝などの重要な権限をもった。…

【所司代】より

…【福田 豊彦】
[近世]
 武家政権が朝廷,公家,寺社,京都市中および上方・西国支配のために京都に置いた職。京都所司代ともいう。1573年(天正1)織田信長は足利義昭を追放したあと村井貞勝を所司代に任じ,朝廷対策,寺社統制,京都の庶政,警察治安の維持にあたらせた。…

※「京都所司代」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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