日本歴史地名大系 「妙興寺村」の解説 妙興寺村みようこうじむら 愛知県:一宮市妙興寺村[現在地名]一宮市大和(やまと)町〈妙興寺(みようこうじ)・宮地花池(みやじはないけ)・戸塚(とつか)〉東は多加木(たかき)村、北は宮地花池村に接する。村の旧名を杉田(すぎた)とする説もあるが、古地誌類などにはみられない。妙興寺の敷地は、延文四年(一三五九)二月の内大臣久我通相家寺領寄進状(妙興寺文書)に真清田社領の妙興寺保三三町六段二八〇歩を寄進したもので、さきの杉田という地名は、真清田(ますみだ)を訛って清田(すみた)が杉田に転じたという説もある。概高は一千五二六石余、ほかに蔵入地として一石四斗余の新田があり、給人は二四人を数える。田二〇町二反余・畑七五町二反余の畑作の村である。「寛文覚書」の家数一二八・人数七八八人。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by