妙覚寺跡(読み)みようかくじあと

日本歴史地名大系 「妙覚寺跡」の解説

妙覚寺跡
みようかくじあと

[現在地名]上野市東高倉

今西(いまにし)の北に小字妙覚寺が残るが、寺跡推定地は丘陵南端の今西地内。「伊水温故」に「新居山妙覚寺 東村西出、院号ハ福寿院 真言愛宕大福寺ノ下」とある。「中原師守記」貞治六年(一三六七)五月二七日条に「今日自伊賀青女兄僧尭智房上洛来、予対面、自妙覚寺関東兵衛督事為訪、守護仁木左京大夫入道使節上洛云々」、七月一九日条に「今日青女異腹兄助房覚成来、明日下向伊賀新居云々」とあることから、師守の妻の兄弟が伊賀から訪れ、この妙覚寺が新居(にいのべ)庄にあったことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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