妹川村(読み)いもがわむら

日本歴史地名大系 「妹川村」の解説

妹川村
いもがわむら

[現在地名]浮羽町妹川

巨瀬(こせ)川最上流の耳納(みのう)山中にあり、南の合瀬耳納(おうぜみのう)峠を越えると星野(ほしの)村(現星野村)。正保四年(一六四七)の大小道之帳では流川(ながれかわ)村から一里二一町。星野氏が山城を築いた戦略上の要地で、しばしば戦場になった(鎮西志)。天正九年(一五八一)八月一三日の大友円斎手負注文一見状(問注所文書/福岡県史資料一〇)に「於芋河村悪党楯籠候之処」などとみえ、同月二二日の大友円斎書状(同上)によると、星野上野介が白石(しらいし)要害(現星野村)を乗っ取ったことにより星野中務・同伯耆守が秋月治部らと申合せ、長岩(ながいわ)城境目の芋河村を掌握したため、統景以下の問注所勢が連夜の攻撃を加え、撃退したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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