妻木郷(読み)つまぎごう

日本歴史地名大系 「妻木郷」の解説

妻木郷
つまぎごう

現市域南部の妻木川と肥田ひだ川上流、および現土岐郡笠原かさはら町にかけての地域を占めたとみられる。妻岐とも記される。「華頂要略」門主伝補遺の建長元年(一二四九)九月七日条に「美濃国妻木保」とみえ、延暦寺の子院が官祈願所として行う長日如意輪法の修法に使用する、壇供・人供米の正月分と灯明用の油の正月・三月の二ヵ月分を負担している。弘長三年(一二六三)三月二二日の官祈願所注進状(門葉記)によれば、妻木保からは正月分として米二(百脱か)石・油二石五斗が納められ、そのうち米一〇〇石・油四斗五升が正月の如意輪法に、残りは仁王講・寿命経供米および灯明として使用された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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