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威仁親王(読み)たけひとしんのう

朝日日本歴史人物事典の解説

威仁親王

没年:大正2.7.5(1913)
生年:文久2.1.13(1862.2.11)
明治時代の皇族,軍人。京都生まれ。有栖川宮幟仁親王の第4王子。母は家女房森則子。明治11(1878)年8月兄熾仁親王の継嗣として親王宣下を受ける。7年7月明治天皇の命により海軍兵学寮に入学。14年英国グリニッジ海軍大学校に留学。日清戦争には松島艦長として出軍。常備艦隊司令官などを務めたあと,37年大将に進んだ。また31年3月東宮賓友を命ぜられ,のち東宮輔導となり,36年6月まで皇太子の健康回復を中心とする教導に当たった。死去が公式に発表されたのは7月10日で,この間に元帥に叙せられた。なお嗣子栽仁王は早世しており,有栖川宮家は断絶した。<参考文献>高松宮蔵版『威仁親王行実』

(西川誠)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

たけひとしんのう【威仁親王】

1862‐1913(文久2‐大正2)
有栖川宮幟仁(たかひと)親王の王子で,兄熾仁(たるひと)親王の継嗣となって同宮第10代を継承。明治天皇の養子となり親王宣下を受けた。海軍に入り,日清・日露両戦役に従軍,海軍大将に累進した。明治天皇の信任が厚く,皇太子嘉仁親王輔導の任に尽力した。臨終に際し元帥の称を授けられ,国葬をもって葬られた。号を欽堂と称した。【武部 敏夫】

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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