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有栖川宮威仁親王 ありすがわのみや たけひと しんのう

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美術人名辞典の解説

有栖川宮威仁親王

有栖川宮幟仁親王の第四王子。兄熾仁親王の継嗣として親王宣下を受ける。初名は稠宮。英国海軍大学に留学。日清戦争には松島艦長として出陣する。常備艦隊司令官等を務め、海軍大将に累進した。のち元帥に叙せられた。大正2年(1913)薨去、51才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有栖川宮威仁親王 ありすがわのみや-たけひとしんのう

1862-1913 明治-大正時代,有栖川宮幟仁(たかひと)親王の第4王子。
文久2年1月13日生まれ。明治11年有栖川宮をつぐ。西南戦争をはじめ日清(にっしん)・日露戦争に従軍。また明治天皇名代として外国の式典に参列した。37年海軍大将。大正2年7月5日死去。52歳。7月7日元帥。王子の栽仁王(たねひとおう)が早世していたため,有栖川宮家は断絶した。海軍兵学校卒。幼称は稠宮(さわのみや)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の有栖川宮威仁親王の言及

【威仁親王】より

…有栖川宮幟仁(たかひと)親王の王子で,兄熾仁(たるひと)親王の継嗣となって同宮第10代を継承。明治天皇の養子となり親王宣下を受けた。海軍に入り,日清・日露両戦役に従軍,海軍大将に累進した。明治天皇の信任が厚く,皇太子嘉仁親王輔導の任に尽力した。臨終に際し元帥の称を授けられ,国葬をもって葬られた。号を欽堂と称した。【武部 敏夫】…

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