嬉野村(読み)うれしのむら

日本歴史地名大系 「嬉野村」の解説

嬉野村
うれしのむら

[現在地名]嬉野町大字下宿(しもじゆく)字温泉(おんせん)

現町の北部・中心部一帯と推定され、「嬉野宿」「嬉野湯町」「嬉野駅」「湯町」などといわれる泉源を中心とする地域をよんだものと思われる。

弘安四年(一二八一)弘安の役の功により神埼庄内の地を配分された宇礼志野六郎通氏の子息(犬童・黒童)の正応二年(一二八九)の文書「肥前旧事」は「宇礼志野」と記し、慶長絵図には「西嬉野 上吉田ノ内」とある。多久家文書は「うれしの」とし、正保絵図に「嬉野村」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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