コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

橘南谿 たちばななんけい

5件 の用語解説(橘南谿の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

橘南谿
たちばななんけい

[生]宝暦3(1753).4.11. 伊勢
[没]文化3(1806).4.10. 京都
江戸時代後期の医者,国学者。本姓は宮川氏。名は春暉。別号は梅華仙史。医学を香川修庵賀川玄悦,畑柳安に学ぶ。天明3 (1783) 年,彼の主宰で行なった解剖の記録「平次郎臓図」 (吉村蘭洲筆) は解剖絵巻として初期のものに属し,江戸時代の解剖図の描き方の原型となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

たちばな‐なんけい【橘南谿】

[1753~1805]江戸中期の医者・文人。伊勢の人。本名、宮川春暉(みやがわはるき)。字(あざな)は恵風。別号、梅仙。京都で漢方医学を学び、文学にも造詣が深い。全国を遍歴して「西遊記」「東遊記」を著し、医学上の創見も多い。著「傷寒外伝」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

橘南谿【たちばななんけい】

江戸後期の医家。宮川氏,名は春暉,字は恵風。伊勢の人。老子を好み,和歌をたしなんだ。探検癖があり,あまねく全国に遊んで《東遊記》《西遊記》を著した。医家としては《傷寒論》の注解があり,随筆・考証では《北【そう】瑣談》《国語律呂考》がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橘南谿 たちばな-なんけい

1753-1805 江戸時代中期-後期の医師。
宝暦3年4月21日生まれ。京都で香川修庵や吉益東洞などの古医学をおさめて開業。天明3年小石元俊らと人体解剖をおこなう。医学修業のため諸国を歴遊し,「東西遊記」をあらわす。のち朝廷の医官となった。文化2年4月10日死去。53歳。伊勢(いせ)(三重県)出身。本姓は宮川。名は春暉(はるあきら)。字(あざな)は恵風。別号に梅仙。著作に「傷寒外伝」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版の解説

たちばななんけい【橘南谿】

1753~1805) 江戸中期の医者・文人。本姓、宮川。名は春暉。伊勢の人。京都で漢方医学を学び開業するかたわら、各地を回り紀行文を著す。医書は創見に富む。著「西遊記」「東遊記」「傷寒論分注」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

橘南谿の関連キーワード羅城狩野永翁空二是一(3代)三鍼島篆癖島富重樗雲特山花江戸住

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone

橘南谿の関連情報