孫代村(読み)まごだいむら

日本歴史地名大系 「孫代村」の解説

孫代村
まごだいむら

[現在地名]飽田町孫代

東は砂原すなはら村、南は大保だいほ村・正保しようほ村に接する水田地帯にある。慶長一二年(一六〇七)検地帳によれば田方四一町三反四畝余・畠方一八町一反五畝余、分米六八〇石六斗余で、竈数三八、うち屋敷登録人二七人、家数七三、男九二・女六五、牛二三・馬五とある。寛永一四年(一六三七)の地撫帳ではおこほ様・自徳院様および稲津九郎兵衛・稲津麻助の知行地となっている。この時には権藤二郎右衛門手永に属したが、のち池田手永に属した。宝永五年(一七〇八)頃の「肥陽諸士鑑」(「肥後細川家侍帳」所収)では稲津角之允ら一〇人の知行地となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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