宇佐町(読み)うさまち

日本歴史地名大系 「宇佐町」の解説

宇佐町
うさまち

平安期から戦国期に府中にあった町。「宇佐大鏡」によれば、久安四年(一一四八)一二月一七日付の大宰府政所下文で、大宰府は筑前国雑掌に命じて、八幡宇佐宮領である「府中宇佐町南薗」を平野ひらの社が押妨することを停止させている。宇佐町は左郭七条一二坊にあり、四至は東が京極大路、南は田を限り、西は馬出子午路、北は馬場を限ると記されている。近年の発掘調査で五条ごじよう交差点付近で京極大路跡とみられる道路遺構が発見されたことから、この付近に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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