宇津俣村(読み)うつのまたむら

日本歴史地名大系 「宇津俣村」の解説

宇津俣村
うつのまたむら

[現在地名]牧村宇津俣

飯田(いいだ)川最上流、標高三六五メートルの山間に民家が点在し、下流に小平(おだいら)集落、棚広(たなひろ)村。信州との境(現宇津俣峠)までは急坂で約三キロ、峠の北側に鷹羽(たかば)鉱泉がある。東方の薬師(やくし)峠を越えて真荻平(もおぎだいら)村伏野(ぶすの)・朴木(ほおのき)村(現安塚町)へ抜ける道がある。地名は通称「エダ川」と「ヨノ川」に挟まれた所に位置することによるといわれる。成立は江戸初期といわれ、屋号「西」と「母屋」が草分家とみられる。佐藤姓が多い。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図では「嵯峨野分うつのまた村 下」とあり、本納一石・縄高一石七斗二升一合、家四軒・一五人男女。隣接して「長井丹波分柳平村 下」とあり本納三石五斗七升四合四勺・縄高八石九斗三升、家二軒・五人男女。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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