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宇津木昆台 うつき こんだい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宇津木昆台 うつき-こんだい

1779-1848 江戸時代後期の医師。
安永8年生まれ。尾張(おわり)名古屋藩医浅井貞庵らにまなぶ。京都で研究をかさね,妙法院門跡の侍医となる。神,儒,仏,老,医の五つをおさめたとして,五足斎と称した。嘉永(かえい)元年5月8日死去。70歳。尾張出身。名は益夫。字(あざな)は天放。通称は太一郎。著作に「古訓医伝」,編著に「日本医譜」など。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

宇津木昆台

没年:嘉永1(1848)
生年:安永8(1779)
江戸後期の医者。名は益夫,号は天敬。尾張(名古屋)藩に生まれ,松田棣園を師として学に励むとともに,考証派の医家,浅井貞庵と平野竜門に学ぶ。18歳で上京して諸大家と交わり,京都車屋町御池に医業を開いて,古医方家として一世を風靡した。明清の復古考証派の影響のもと,『傷寒論』を古代の『風寒熱病方』経篇だとし,『金匱要略』をその補篇としてとらえ,文章を組み換えてその本旨を究めようとした。著書は『古訓医伝』『日本医譜』『解荘』『詩文集』など多数がある。神儒釈老医の五学に通じ,五足斎と自称する博学の人であった。<参考文献>大塚敬節「『近世漢方医学書集成』24巻解説」

(石田秀実)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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