宇賀新田(読み)うがしんでん

日本歴史地名大系 「宇賀新田」の解説

宇賀新田
うがしんでん

[現在地名]大安町宇賀新田

大井田おいだ村の西方、宇賀川南の台地上に位置し、西北方に鍋坂なべさか新田、南方には朝明あさけ田口たぐち新田(現三重郡菰野町)と、一帯には新田が分布する。江戸時代の前期中期は桑名藩領、文政六年(一八二三)おし(現行田市)藩領、天保一四年(一八四三)信楽しがらき(現滋賀県)代官支配の幕府領、次いで嘉永元年(一八四八)笠松かさまつ(現岐阜県)郡代所管、同七年再び忍藩領に復した。この新田は寛永年間(一六二四―四四)に三重郡の清水喜左衛門によって開発された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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