安居銅山(読み)やすいどうざん

日本歴史地名大系 「安居銅山」の解説

安居銅山
やすいどうざん

[現在地名]池川町安居

安居川の最上流東岸、愛媛県との県境近くにあった銅山で、「土佐藩工業経済史」によれば、江戸留守居役久徳安左衛門が正徳四年(一七一四)すでに開発を幕府出願、許可を得ていたが具体的な経営状態は不明、その後すぐ稼行は中止となっていたらしい。

再興したのは文政元年(一八一八)で、「池川年代記」の同年条には「安居御留山の内、銅山御開掘有之右場所請方被仰付、五月廿日御奉行より送夫壱人被仰付安部薩摩、同但馬立越、銅山頭取内田菊右衛門、鋪方作右衛門、金見越前の者御雇人に来る」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む